医学、生物学、生化学の分野では、細胞培養は重要な研究手段です。生体内の機能や薬の効果などを調べるため、生体外に取り出した細胞を人工的な環境で培養するのです。
しかし、細胞培養には、難しいテクニックやコツの必要な実験手技なのです。中枢神経細胞を例に挙げましょう。
できる人とできない人がいる
他の専門分野でもそうかもしれませんが、細胞培養には、教えてもトレーニングしても、「できる人とできない人がいる」という手技があります。
できない人は、いつまでたってもできないので、研究テーマを変えるか、市販の細胞を購入するか、他の人にやってもらう必要があります。ただし、販売されている細胞は、一回分が数万円もします。
中枢神経の培養
中枢神経(脳や脊髄)の初代培養も、できる人とできない人がいるという部類です。中枢神経の神経細胞(ニューロン)は、ほとんど増殖しないので、培養開始後は死ぬ一方なのです。つまり、きちんと培養を行わないと、すぐに全滅するのです。
また、初代培養とは、生体内から採取した細胞の培養のことですが、中枢神経の場合は、ネズミ(マウスやラット)の胎児の脳や海馬という小さな器官から採取することが多いのです。
ミリ単位
ラットの胎児の海馬は、長さが2~3ミリ、幅が1ミリにも満たない器官です。それを正確に顕微鏡下で大脳から切り取り、さらに髄膜という表面の膜を全て除去しないといけません。
髄膜が残っていると、培養中に線維芽細胞が増殖してしまいます。
線維芽細胞は、細胞培養における雑草のようなもので、増殖力が強いので、減る一方の神経細胞に混じると、すぐに線維芽細胞だらけになってしまいます。
素早く正確に
海馬から丁寧に髄膜を除去する必要があるのですが、丁寧に時間をかけすぎると、細胞が弱ってしまいます。顕微鏡下で、照明をあてて作業をしているので、その温度と照射が弱る原因となるのです。
しかし、素早く髄膜を取り除こうとしすぎて雑になると、小さな海馬は行方不明になってしまいます。
集中力を持続
このように、素早く正確に丁寧に作業を行うのですが、海馬は一個だけでは足りません。ラットなどのネズミの多くは、一度に6~14匹の胎児を妊娠します。
それらからできるだけ多くの海馬を採取することが望ましいのです。
つまり、平均10匹の胎児から、20個の海馬を、上記のような点に注意して一度に採取しないといけないのです。精密な作業を集中して、その集中力を持続して行わないといけないのです。
最後のほうで集中力が途切れて髄膜が混じると、その培養は失敗になります。また、実験ごとに一定以上レベルで行えないと、バラつき(実験誤差)の原因となります。
市販の細胞
市販の細胞は、熟練の者が採取した細胞を冷凍して販売していることが多いのです。冷凍細胞を解凍して使用するよりは、熟練者が採取してすぐに培養を始めたほうがイキが良いのです。
しかし、その腕がない者や、レベルが安定しない者は、市販の細胞を購入したほうが、まだましということになります。
培養中の注意
神経細胞は、採取にも技術が必要ですが、培養にも注意が必要です。温度や湿度の微妙な変化でも弱るので、培養環境に注意して、顕微鏡観察の時間や培地交換の時間も短くしなければいけません。
培養用の液体培地の交換では、雑菌が混入しないように無菌操作に注意し、細胞が弱らないように「やさしく」交換するなどコツがあります。
さいごに
研究においては、色々な技術や注意が必要となります。中には、習得できない人も出てくるような高度な技術を用いて、科学技術は進歩しているのです。
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